埋もれた遺産 第6話 |
相変わらず大量の本が置かれたその部屋に、私は足を踏み入れた。 あたりを見回すが、部屋の中には誰も居ない。 代わりに、普段は片付けられているテーブルと椅子が置いてあり、そこには飲み終わったカップと皿が置かれていた。 あいつの机にも同じもの、そして1冊の本。 これらを出したまま姿を消したか。 普段ではあり得ないことだったが、理由が理由だから仕方がない。 きっと、あそこだろうな。 私は迷うこと無く階段へ向かった。 薄暗い階段を延々と登っていく。終わりの見えない階段だが、目的地をイメージしながら歩けば、5分ほど歩くだけでその場所へと到達した。 反対にイメージできなければ、どれほど歩いてもこの場所へ辿り着くことなど出来ない。この階段はそういう作りのものだった。 たどり着いた先は広々とした塔の最上階。 窓一つ無い閉鎖された空間には、ギアスの文様をかたどった照明が生きているかのように辺を飛び回っている。 そんな部屋に、あいつは居た。 「やはりここだったか、ルルーシュ」 こちらに背を向け佇む男に、私はそう声をかけた。 男はこちらへ振り返ろうともせず「帰ったのか、C.C.」と言った。 「ああ。帰ってきたよ。久しぶりだな」 「悪いが、お前がここを出て何年経っているかは、俺にはわからない」 この塔から出られないこの男に、時間の概念はもう無い。 「そうだったな。私が此処を出て3年経った」 「3年か、思ったよりも早かったな」 私は振り返らない男の背に向かい、歩いた。 「枢木スザクは、あちら側に返しておいた」 知りたいだろう情報を開示すると、一瞬動揺を見せた後、安堵の息を吐いた。 「・・・そうか」 男は、ようやくこちらに振り返った。 その顔には悲しみと喜びと、寂しさが見えたが、私はその事を言うつもりはなかった。 恐らくこの男がここに来たのは、万が一にもあの男が戻ってきた時に顔を合わせないようにするためだ。 この場所へは、イメージという名のパスワードがなければ辿り着くことは出来ないから、あの男がどれだけ探しても、ここに来ることなど出来はしない。 早い話が、逃げたのだ。 あの男から。 かつての親友であり、敵であり、唯一の騎士であり、自分を殺害したあの男から。 私の嫌いな、あの男から。 すべてを忘れ、生まれ変わったあの男から。 「懐かしかったか?」 私は口元に笑みを浮かべ、からかうように言った。 男は苛立たしげに眉を寄せたが「そうだな」と、呟いた。 私は歩みを進め、男の横に立つ。 そこは、この塔の中央。 私の目の前には、一振りの剣が飾られていた。 それは今から100年ほど前に、私が取り戻した剣。 かつてこの男が手にし、かつてあの男が使った剣。 ルルーシュを縛る楔。 忌々しい、ゼロの剣。 私はすっと目を細め、その剣を見た。 そんな私を一瞥した男は、嘆息した後、口を開いた。 「C.C.、ユフィが慈愛の姫と呼ばれていること、知っていたか?」 なるほど、苛立ちの原因はそれか。 恐らくあの男から聞いたのだろう。 その情報を私が隠していたことを、怒っているのだ。 知られた以上隠す意味は無いと、私は表情を変えること無く、頷いた。 「ああ。行政特区の一件は全てお前の策略ということになっているな」 「・・・やはり、知っていたのか」 「当然だろう?私はお前と違い、自由にここから出られるんだからな。このCの世界と現世の境界線である黄昏の間から」 そう、ここは現実の世界ではない。 生者と死者の間。 Cの世界でも無く、現世でもない場所、黄昏の間。 この塔はこの男を、ルルーシュを捕らえて離さない牢獄。 あの書物は、ルルーシュの記憶が形を変えたもの。 ここに佇むルルーシュは、触れることも会話をすることも出来るのだが、いわゆる幽霊と呼ばれる存在なのだ。 目の前にある、自らの命を奪った剣に囚われ、成仏することの出来ないルルーシュの魂そのもの。 あの頃のマリアンヌと同じ状態だ。 原因はラグナレクの接続。 神殺しの力、過去を固定化させるために生み出されたアーカーシャの剣は、Cの世界に大きな影響を与えていた。 アーカーシャの剣が砕け散った破片を取り込んだことで、一部の人々の魂が過去に囚われるという現象が起きた。 正確には、生前思い入れの強かった物に囚われる。 幽霊となり、その物に取り憑く、といったほうが解りやすいかもしれない。 過去の遺物に囚われた魂は、Cの世界にたどり着くことも出来ず、さまよい続ける。 場合によっては、生まれ変わった後、何らかの理由で過去の遺物に囚われ、生霊という形で姿を現すのだ。 先ほどの騎士章もそうだ。 あれからはユーフェミアの気配と・・・スザクの気配を感じた。 二人の人間が、生まれ変わった後にあの遺物にとらわれていたのだ。 半分に割れた騎士章。 おそらくはスザクの方にユーフェミアの、ユーフェミアの方にスザクの生霊が現れていたことだろう。 ユーフェミアが残り半分を持っていたら、の話だが。 あのような遺物を手にしたものは、過去に留まることを否定するCの世界の力により、ルルーシュが囚われているこの場所へと導かれるため、ルルーシュは彼らと会話を交わし、その魂を開放する術を与えるのだ。 同じく魂を過去の遺産とも言える剣に囚われているルルーシュは、私がCの世界へ導こうとしても拒み続け、忌々しいこの剣に自ら囚われたまま、人々を開放し続ける。 多くの罪を背負った俺が簡単に成仏して転生など、出来るはずがないだろう? それに、俺が消えたら、お前は寂しいのではないか? そんなことを言うのだから、相変わらず愚かな男だ。 「そうだったな。お前は、今の歴史すべてを知ることが出来るんだったな」 「ロイドとセシルに感謝することだ。あの二人はその生涯をかけ、全ての記録を消し、偽りの記録を残したのだから。お前の願いを叶えるためにな」 あの当時、紙から電子記録へと保存媒体が変わり、多くの書物がデータへと姿を変えていた。そう進めたのはロイドとセシル。 二人は多くの書物や写真が処分されたのを確認した後、強力なウイルスを作成し、当時のブリタニア皇族に関するあらゆるデータを消し去ることに成功した。 特にルルーシュに関する情報は、写真すら残らなかった。 書籍として残っているのはごく僅かな資料。 ロイドとセシルがシュナイゼルの協力を得て創りだした、偽りの資料と歴史だけ。 それらは歴史的に価値のあるものとして、厳重に保管されているため一般人が目にすることはなかったのだが、彼らの死後、あの当時の記憶が薄れかけた頃に発見され、それらを元に今の世界史が作られたのだ。 「そうか、あの二人がやったのか」 「そうだ」 よくやってくれた。 そう言わんばかりの笑みを浮かべる男に、私は苛立ちしか憶えなかった。 人々はあの資料と記憶を頼りにあの当時の記録をつなげた。 その結果、侵略戦争という父の罪すらも背負わされていた。 生まれる前に起きた事件でさえ、今ではルルーシュの行ったことにされている。 それに腹をたてるなという方がおかしいだろう。 だが、この男はそれでいいと笑うだけだ。 だから、教えなかったのだ。 「そう怒るなC.C.。今日はピザを焼いてやろう」 ルルーシュは機嫌のいい声でそういうと、階段へ向けて歩き出した。 きっとこの男は、この剣に囚われて良かったと、心底思っているに違いない。 魂を二度と囚われないようにするには、その過去の遺産を消滅させるか、炎を用いて浄化する必要がある。すでに多くの遺産は長い年月を経て消え去ったのだが、稀にこうやって埋もれた遺産が発見され、ルルーシュの元へと足を運ぶのだ。 ユーフェミアとスザクの魂を救い出すだけではない、恐らく二人の再会のお膳立てもしたに決まっている。 恐らく、二人でその騎士章を火にくべ、燃やすように指示しているだろう。 だから今後、二人が手を取り合い、幸せになる姿を思い描いているに違いない。 馬鹿な男だよ、お前は。 ユーフェミア以上にルルーシュに執着していたスザクだ。 たとえ記憶が無いとしても、再会を果たしてしまった以上間違いなく、ルルーシュを求める。 そこまで考えて、C.C.はその顔に魔女の笑みを乗せた。 私の魔王を手にかけた愚かな男。 意識が戻った後、ルルーシュに逢うための道を探すだろうが、無駄なことだ。 たとえ遺物を持っていたとしても、ここへ辿り着くことは難しい。 解決法を知った以上、尚更だ。 きっと無駄に探しまわるに違いない。 探して探して探しまわって、その後諦めてお飾りのところへ行けばいい。 それを肴に、わたしはピザを食べてやろう。 「ルルーシュ、ピザを焼くならエビをたっぷりと入れろ。チーズもたっぷりでだ」 「いいだろう、お前の希望通りのものを作ってやろう」 何時もなら文句の一つも言う男は、楽しげにそういった。 |